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2011.10.18

群像

改札で黒装束の女を見た。
大きなサングラスをかけ、片手で顔を半分覆い独り言をブツブツつぶやいていた。
胸から腹にかけて煤がまとわりついていたから、地べたで寝ていたのだろう。

東京が好かないのは、人が多いので正統から外れた人に出会う確率が高いためである。
どうも、狭い空間で出会うと戦慄するのである。

常識が通用しないだろうから

どこかで、心が掛け違えたボタンのようにハマっていない感覚がある。何だろうと、不可解。
不審な人も、目にも留めなければ、毎日を簡単にやり過ごすことができよう。

原因は今日読み切った小説にあったようだ。
石川達三の「生きている兵隊 (中公文庫)」だ。
物語の最後、遊郭に行って、徴発したピストルで女を打つ件から、釈放された近藤が必死に大隊を追いかけるシーンまでが激しく動揺した。
そうか、と思った。
僕の心が揺れている部分は、群像にある。
僕は今、群れから逸れかかっている羊や鰯のような心境なのだ。近藤の必死さでよく分かった。
異端が目につくのは、彼らがオオカミやカジキに狙われ落ちて行く様を恐れているからだろう。
しかしながら、「生きている兵隊」のように、正統が常に正しい道を歩んでいるとは限らない。
羊の群れも、行き先は崖かもしれないし、鰯も一寸先はクジラの大口かもしれない。
戦争が人を殺すことを正当化して、道徳をなくす。しかしそれが非常事態における特異的な人間の変化とは思えない。
ただ単に、当たり前の現実的な様だ。きっと戦争になれば誰しもが略奪強姦、命の軽視をするだろう。
ぼくはここら辺で揺れている。

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