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2011.05.01

妄想

映像のプログラミングでちょっとした事をやりたい時、ベクトル、配列、線形代数、微積分などが出てくる。
それらは僕にとって全く解読不明の未知の言語のようで、ネット検索で太刀打ちできる代物ではない。
よって、数学を学び直す事にして、自らのレベルを鑑みた時、数学ではなく、算数から学び直さなければならないことが解った。分数の計算が出来なかったのだ。

して、現在やっと半年かかって高校数学、数Ⅰにたどり着いた。
此処まで来て、不思議なことに気がついた。
僕は因数分解と言う言葉を知らなかった。
実際は記憶になかった、忘れていた、などの言葉が正しいのだろうが、自分の気持ちとしては、「知らなかった」が正しい。
中高と数学をやった記憶が失われているんだ。
これほど綺麗に無くなるということが凄くて、非常に感心している。

今現在のプログラムのテーマは記憶なのだが、人の記憶はとても曖昧で、不確かだ。
眼前の事実はフィルターを通してねじ曲げられ記憶される。
また、時間を経て、フィードバック現象のように、一部が強調、一部が排除という形で様々に変形していく。もしかしたら、新たに起こった事象によって、レイヤーのように上書きされることもあるだろう。

ところで、コンピューターの記憶装置は、二進数でモノを記録するが、人間の脳は物理的に何で記憶するのだろうか?
体を形成する細胞の何かかと思うが、細胞は日々更新され代謝する。
ということは、記憶の“引き継ぎ”みたいなのが存在するのだろうか?
僕は数学を引き継がなかったのだろうか?
どちらかというと、眼球からの情報がやって来なかった。というのが正しそうだが…。

ロボトミーについて、
精神疾患の外科手術として、昔ロボトミーというのがあった。
額から鉄の棒を差し込み、グリグリするという、おおざっぱで積極的な外科手術で、人間の活発さを失わせる効果が有った。鬱などに施されたようだが、一部犯罪者にも行われていたような気がする。
グリグリすると言うことは、脳細胞を一部破壊する行為だ。
手術の結果、その患者が穏やかな性格になったり、無気力になったり、行動に影響を与えた。
やはり、脳の細胞が何らかの記憶や、判断材料など、意志決定の人格といったものを有しているわけだ。

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