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2011.04.12

男と女について 性均等

今でも、社会は男を主軸に考えられる事が多い。
昔から人間は獣と共に生きてきた。鷹匠の鷹であったり、狩猟犬など。
彼らは大抵、雄として考え、呼ばれる事が多い。現に、彼らと呼んでしまった。
男の仕事仲間は昔から男と考えられている訳だ、
これは、身体的特性から解りやすい考えだと思う。

しかし、道理と身体的特性の有用が合致しないことも、世の中にあると思う。

性交表現において男性側指向がよく見られる。
中吊り雑誌など、広告媒体、TVもそうかもしれない。
要するに、「子供を作るのは男だ」という意識。能動的な男と、受け身の女など、
卵子と精子が合体して初めて核分裂するわけだから、どちらに優位性が有るかというのは、決められない。
なぜ、社会の性表現、性産業において男が主軸なのだろう?

男の性欲は必要不可欠である。一夫一婦制の道理を越え、不倫するのも本能的で解るが、なぜ女は不倫できない環境があるのだろう?
(アバズレ、など、性に自由な者の呼び名について、女の方が印象が悪い気がする。なんで?)
どちらかというと、女の方が性に対し、欲を持ち、積極的で有る方が自然だと思うのだ。

女は、より良い子孫を残すため、良い男を選択したい。
しかし、1択ではリスクが高い。いくら精子の数が3億程度としても、1男からだけでは、何が起こるか解らない。より多くの精子を摂取し、体内で淘汰させる方が良い結果を生む。

男の性欲が仕方のないことならば、同じ力量の女用性産業が社会に罷り通っても良いようにおもう。

ゲシュタルト崩壊によって、全てが文化歴史の産物で、記憶の刷り込みであると感じれば、状況は変わるかもしれない。
しかし、誰も望んでいないだろうし、今のままでも、男、女、どちらもそこそこ幸せ。

もしかしたら、子供を産める女と、産めない男というところで、意識が違ってくるのかもしれない。
10ヶ月もの時を重ね、命をかけて産むわけだから。
そうするとやはり、適当な状態なのかな?

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